「生成AIを活用し、医療体験を根底から変えていく」
いち早く生成AIに目を付け、日本の医療体験そのものを変えるべく日々奮闘しているのが、カケハシの生成AI研究開発チームです。今回はPdMの高梨、エンジニアの相野谷、横田、坂尾が、カケハシにおける生成AI活用の現状と目指す未来についてお届けします。
医療体験を変えていくことは、決して夢物語ではない。AIと自分たちの技術を信じて、正解も前例もない世界で地道に取り組む4人の奮闘ぶりを感じていただければと思います。
(文中に登場する高梨さんはリモートでの参加となりました)
きっかけは「カケハシさんにこそつくってほしい」という薬剤師の声だった
—生成AI研究開発チームが発足された経緯から教えてください
高梨:2022年の終わり頃、ChatGPTが出始めたタイミングで私と横田でさわってみたところ「これすごくない?」「絶対にプロダクトに活用すべきだよね」と話して、年明けから「薬剤師業務をAIでサポートできないか?」とタスクフォース的にプロジェクトを立ち上げました。
ChatGPTの登場から1年ぐらい経過し、経営陣も含めてAI技術の活用に向けた動きが一気に加速し始めました。薬局業界においてもAIへの注目度は高まる一方で、ユーザーの薬剤師の方々から「AI薬歴(薬剤師による患者さんごとの記録)は、カケハシさんにこそつくってほしい」と直接お声をかけていただけるようになったのが、2024年の春。そして、9月にチームが発足しました。
—薬局・薬剤師の方からの期待を感じられるエピソードですね
高梨:薬局・薬剤師の方々からそのような期待のお声を頂けたのは、「薬局業界のテクノロジーリーダー」としての積み重ねがあったからでしょうね。決しておごるつもりはないのですが、技術の力で薬局業界に向き合ってきたからこそのご期待と受け止めています。
日本の医療全体の質を上げていく転換点に
—では、改めて生成AI研究開発チームが担うミッションについて詳しく教えてください
高梨:カケハシにとってコアのプロダクトである薬局向け基幹業務システム『Musubi』にAIを掛け合わせて、もっとより良いものにしていくことです。そのためにまず見据えているのは、薬剤師の方たちが患者さんとよりコミュニケーションが取れるようになる環境を提供していくことです。
薬剤師に「薬局のカウンターの中にいて、薬を渡してくれる人」というイメージを抱いている人は少なくありません。実際、薬剤師の方々はバックヤードに膨大な業務を抱えていらっしゃいます。それ故に患者さん一人ひとりに十分な時間を確保することが難しいケースがあるのも事実です。しかも、少子高齢化に伴って医療従事者の人口は減っていくので、医療の現場はますますハードモードになっていくことが予想されています。
薬剤師業務の中でも、特に多くの時間を要しているのが薬歴作成(患者さんごとの記録業務)です。通常はゼロから作成している薬歴を、AIが患者さんとの会話をもとに90点レベルの下書きを生成してくれるようになれば、薬剤師さんはそれを確認し、追記・修正するだけで100点の薬歴を仕上げることができます。さらに、AIは充実した情報を与えれば与えるほど適切な出力をしてくれます。患者さん一人ひとりにしっかりと向き合い対話すればするほどAIの精度は上がっていきます。つまり、「患者さんに向き合う余裕を絞り出さなければならない」という課題が、「患者さん一人ひとりに向き合うほどに、その他の業務が効率化される」というメリットに逆転するわけです。薬剤師の方々の仕事への取り組み方にもプラスの効果が出ていくはずです。
AIを適切に導入すれば、日本の医療全体の質が上がっていく。直近で我々が開発している機能だけでも、かなり明るい未来が期待できます。
前例はない。地道な仕事。でもやっぱりおもしろい
—現在はどのような業務に取り組んでいるのでしょうか
相野谷:エンジニア3人で明確な役割分担はなく必要なものは全部やるようなスタイルでした。フロントエンドもバックエンドも幅広くカバーし合って、開発しています。
そのなかで私が主に担当しているのは、薬歴を入力する際の音声認識と文字起こしの技術です。世の中には流暢に話し言葉を書き起こせるサービスがいくつもありますが、薬剤師の仕事は専門用語が多いためそのまま文字起こしすると全く使えないものになってしまうんですよね。望むクオリティで文字起こしができないと肝心の薬歴の精度が上がりません。プロダクトの品質にクリティカルに影響するので日々苦心しています。
文字起こしサービスごとに得意分野が違うので、それぞれの特性を評価して……と言ってしまうと簡単ですが、録音の音声を実際に文字起こししてみて、医療用語が検出できているかデータを突き合わせながら評価するプロセスは、かなり途方もなく……(苦笑)
でも、実際の音声を聞かないとわからないことがたくさんあるんです。もしかしたら「AIの活用をしている」と聞くとスタイリッシュな仕事のイメージが強いかもしれませんが、非常に地道な作業ですね。
何度も何度も試して、自分たちで評価基準をつくって「これならいける」という幅を設定し、ベストな組み合わせでサービスに実装しています。
横田:私は、MusubiにAIを組み込んでいくためのコミュニケーションや設計をしています。
Musubiは約8年前から稼働している歴史のある基幹システムであり、当時採用した技術が生成AIの機能を組み込む上でハードルになる部分もあります。その技術をそのまま踏襲してしまうと生成AI機能の開発生産性が落ちてしまうため新しい技術を使って開発をしたい。しかし、新しい技術を採用するだけではMusubiとの技術的親和性が弱くなり、プロダクトとして提供できる体験がバラバラになってしまいます。それらを良い塩梅で組み合わせていくにはどうするべきかを検討する必要がある……などいくつかハードルがあるのですが、今まさに少しずつ乗り越えている最中です。
まだ私たちが求めるパフォーマンスを提供できるレベルに達しているかはわからないのですが、一つ解が見つかるとうれしいですね。
カケハシには薬剤師資格保持者をはじめ、さまざまなバックグラウンドのメンバーが揃っています。それぞれが知見を持ち合って、いろいろなところに気づいていける点は大きなアドバンテージです。
坂尾:私はまだ入社したばかりですが、生成AIを使ったアプリケーション開発のノウハウは、世の中全体としてもまだ蓄積されていません。自分たちで考えていける点は難しくもありますが、おもしろいポイントです。
AIに関連した技術やサービスは次々と新しいものがリリースされているので、検証したり、ときには取り込んだりしていくことも必要になる。それらの評価ができる様にするためオブザーバビリティが重要であると考えています。現状あまりベストプラクティスがないと考えていて、自分たちなりの方法論を考えることができるフェーズなので、非常にエキサイティングです。
医療従事者が減っても、今まで以上の医療体験を提供していく
—今後のビジョンについても教えてください
高梨:我々が今目指しているのは、薬剤師がより専門性を発揮した仕事に集中できるよう薬局業務全般を支援してくれる薬局向けAIエージェントの実現です。薬剤師とAIがそれぞれの得意分野を補い合う形で共存していける未来が訪れるとすれば、患者さんが医療にアクセスする際の時間的・空間的な制約はますます少なくなっていくでしょう。また、薬剤師が薬歴を書いていた業務を全てAIが代替してくれることがスタンダードになっていくはずです。そうなれば、これまで薬歴を書いていた時間で患者さんのQOLをあげるような取り組み、薬剤師にしかできない患者さんに寄り添った仕事ができるようになる。
医師やケアマネージャーといった他職種との連携についても、薬剤師さんの指示をもとにAIがチャットしてくれることもあり得ます。そうなればキーボード操作がいらなくなりますよね。中長期的には日本の労働力の総量が減ったとしても、今と同じか今以上の医療を提供していけるようになるはずです。
横田:先日カケハシの全エンジニアが一同に会する機会があり、AIのアバターと会話してリアルタイムにお薬の相談や健康相談ができる サービスをデモでつくってみました。
かなり先の話にはなりそうですが、ChatGPTでリアルタイムに会話ができるように、薬局業務においても患者さんの服用歴と最新の処方データを活用して、薬剤師とAIが相互に連携しながら患者さんをフォローする世界もあり得るはずです。
一足飛びで実現することは難しいので、まずはAIによる自動薬歴作成をつくることから始めて、いずれはAI時代のユーザーインターフェースをデザインするところにまで踏み込んでいきたい。
最近はiPhoneでもアイトラッキングで操作できる機能が追加されましたが、今後もインターフェースはどんどん変わっていくので、私たちも最新情報をキャッチアップしながら開発していきます。
「できるわけない」を覆し、今まで以上に「人」中心の医療へ
—最後に、どのような方と一緒に働きたいか教えてください
坂尾:新しいことに臆せず飛び込める人で、かつ先ほどの話にもあったように足元を固めていくような地道な仕事にも率先して取り組める人です。『Team Geek』で提唱されている「HRT」(謙虚・尊敬・信頼)のある方と一緒に働きたいですね。
相野谷:まずは生成AIに興味があって「ヘルスケアという人間にとって重要な課題に人生をかけたい」と思えること。あとは、シンプルに新しい技術を楽しめる人ですね。「どういう問題を解決できる技術なんだろう」と自ら考えて、普通に考えたら使えなさそうな技術でも「どうやったら使えるか」を未来に向けて考えられること。
別に現時点でAIや医療に詳しくなくてもいいんですよ。新しい技術やドメイン知識を認識していくための実直な姿勢は、エンジニアとしては持ち合わせているべきスキルなので。今までのスキルを活かして、新しい技術を使いこなしていく好奇心があれば、フィットするのではないでしょうか。自分もヘルステック領域は初めてでしたが、楽しくやれています。
横田:モチベーションに関してはお二人が話した通りなので、私からはプラスアルファの話をしますね。オフェンシブに開発を進めていくことはもちろん大事ですが、それ以上に患者さんの個人情報に関わるサービスとして、倫理観を含めて情報管理に対する非常に高いレベルでの理解と意識が求められます。そういった意味でのバランス感覚が必要だと思います。
他の業界と比べて確認フローは多いですが、情報を適切に取り扱うために不可欠な工程です。そういった手順を一つずつクリアしながら、AIの可能性を信じて突き進んでいきたいという方には刺激的な環境なはずです。
坂尾:確かに。情報の取り扱いは個人的には今まで経験したことのない水準です。
高梨:私は、横田さんと坂尾さんとちょっと似ているのですが「品質とコストと期日のトレードオフを最適化し成果にコミットできる方」ですね。
私はエンジニアではなく事業責任者に近い立場なので、ものづくりだけではなく「いかに市場に届けてサクセスさせるか」も考えています。せっかくいいものをつくっても、時間がかかりすぎてタイミングを逸してしまうことってありますよね。市場に受け入れられる品質を見極めて、かつ現実的なコストで届けることは非常に重要です。
結局「医療を本気で変えたい」という覚悟が原動力になるんですよね。先ほどお話しした薬局向けAIエージェントも「そんなのできるわけない」と思う人って結構たくさんいると思っていて。でも「できるわけない」と思っていたら一生できないし、今となってはBig Techと呼ばれているGAFAMなども常識を覆し続けてきた歴史があるわけじゃないですか。カケハシは日本の小さなスタートアップですが、ユーザー薬局を介したリアルなデータの存在は業界屈指のもので、薬局DXサービスを通じてさまざまなノウハウを蓄積しています。これは、日本の医療体験を根底から変えられるほどのポテンシャルだと私は信じています。
今までにない新しい価値観、「日本で初めて実現しました」というプロダクトを世に提示するチャンスが目の前にある状況を一緒に楽しめる方と働きたいですね。
— ありがとうございました!
生成AI研究開発チームの職務内容はこちらをご参照ください。
<プロフィール>
高梨慎人
大手SIer、コンサルティングファーム、AI・量子コンピューティングスタートアップを経て、2022年にカケハシに入社。PM、DXコンサル、データ系プロダクト開発の経験を活かし、薬局経営データ ”見える化” ツール『Musubi Insight』や医療データマーケティングプラットフォーム、生成AIプロダクトなどのプロダクトマネジメントに従事。福岡在住。美味しいご飯と豊かな自然に魅了され、九州から離れられない体に。
相野谷直樹
大手のIT企業やスタートアップにてSREやソフトウェアエンジニアとして、プロダクト開発、技術基盤の開発などを担当。2024年にカケハシに入社。顧客データ基盤の開発運用を担当したのち、生成AI研究開発チームに参画。得意分野は、高パフォーマンスが求められる技術基盤を開発すること。最近の趣味はAIと考えたレシピで料理すること。
横田直彦
2014年に新卒で、ヤフーへ。検索エンジンのサブシステムの研究開発を担当する。2017年にカケハシへ入社。主にバックエンド中心のソフトウェアエンジニアとして業務システム・BIツール・顧客データ基盤チームを経て、生成AI研究開発チームに参画。プロダクトマネージャーとのコミュニケーションを通じて、ユーザーにとって価値のあるプロダクトを主体的につくっていくことが得意。カケハシ歴の長さから、ドメイン知識も豊富。趣味は、子どもとの散歩とOSSのLLMいじり。
坂尾拓優
これまでにソフトウェアエンジニアとしてモバイルゲームのプロダクト・技術基盤の開発からキャリアをスタート。2025年にカケハシへ入社し、生成AI研究開発チームに所属する。「クールなものを作る」をモットーにOSSを開発している。バックエンドやインフラ周りの開発が得意。趣味はクラフトビールとドライブ。