
カケハシの開発組織を俯瞰する「技術戦略室」は、CTO・チーフアーキテクト・VPoT(VP of Technology)の3人からなるチーム。カケハシの今後を占う技術戦略と、その実現のための組織ビジョンについてそれぞれの観点から語り尽くしてもらいました。
抽象と具体、事業と技術をつなぐためのチーム

—まず、技術戦略室を立ち上げることになった経緯を教えてください
湯前:継続的なプロダクト開発において必要なのは、目の前の課題解決に集中するとともに、一歩先を見据えた戦略立案を両輪で回すことです。日々の開発を支え、次のステップへと導いていくためのチームとして2024年に技術戦略室を立ち上げました。
当初は各プロダクトチームのメンバーが集合して議論する形をとり、それぞれの課題や現状を共有しあう場として運営していました。それはそれで手応えを感じていましたが、各メンバーの兼務体制では挙がった課題を解決するための具体的なアクションに工数を割くことが難しく、技術戦略をメインミッションとする専門チームとして再構築したのが、現在の技術戦略室です。
まず、チーフアーキテクトの木村さんに入ってもらい、それからVPoTの椎葉さんを迎え、CTOの私と3名からなるチームになりました。現在進行形のプロダクト開発だけでなく、カケハシの事業の広がりなども踏まえた今後の展開について、先行投資すべき技術領域や開発体制などさまざまなテーマで議論を重ねています。
例えば、生成AI。カケハシにとってのAI活用とは、あらゆる業種のなかでも極めてセンシティブに扱われるべき医療情報に基づくAIをいかに社会実装していくかという本質的な問題に向き合うことです。カケハシが見据える薬局起点の新たな医療プラットフォームの姿を俯瞰的に捉え、目の前の盛り上がりに踊らされることなくあるべき形を描いていくためには、やはり戦略検討に特化したチームが必要だと感じています。
調剤薬局向け基幹システム「Musubi」のラインナップ拡充、プロダクト間連携の強化、また積極的なM&Aに伴うグループ企業各社のプロダクトとMusubiのシナジー創出が、カケハシの今後に関わる大きなテーマとなっていきます。
カケハシは「日本の医療体験を、しなやかに。」をミッションに掲げ、薬局を起点に患者中心の新たな医療プラットフォームを生み出すことに注力しています。そのプラットフォームの上で、薬局・薬剤師の方々が患者さんに対して最適なアプローチをすることができ、そしてそれが患者さんの治療効果だけでなく薬局の事業メリットにも直結するという構造を、プラットフォーマーとして構築していかなくてはなりません。そのためのアーキテクチャ、技術選定、人、組織、すべてが一つのストーリーとして成立するような最適解を見つけていくことが、技術戦略室の最大の役割だと考えています。
CTO、チーフアーキテクト、VPoTの役割分担
—技術戦略室のメンバーとそれぞれの役割を教えてください
湯前:まず私は2024年3月よりCTOを務め、現在はエンジニア80名ほど、20チームの組織をマネジメントしています。
最近は新規事業の技術戦略やグループ企業との技術連携をメインに、リスクマネジメント、個人情報ポリシー、医療情報ガイドラインへの準拠といったガバナンス面の管理にも注力しています。
技術戦略に基づくボードメンバーとのコミュニケーションもその一つです。経営陣全員がプラットフォーマーとしてのカケハシの事業価値を同じ解像度で共有するために、エンジニアだけで閉じるのではなく、技術視点でアカウンタビリティを発揮することが自分の役割と捉えています。
一方で、技術選定やアーキテクチャの構築といった、よりプロダクトに近い部分は、私以上に開発の最前線を肌で感じている木村さん、椎葉さんにお任せしたほうが適切な判断ができると考え、役割分担をする意思決定をしました。

木村: 私は、2021年に新規事業立ち上げチームの1人目のエンジニアとしてカケハシに参画しました。担当していた新規事業が途中でピボットした後は、立ち上げ過程で得られた知識をもとにプロダクトを横断するサービス共通基盤開発に関わるようになりました。アーキテクチャレビューを率先して行なっているうちにアーキテクトの役割を期待され、現在はアーキテクチャ全体の整合性を見ています。
アーキテクトとしての立場だけだと抽象的なソリューションばかり提供することになりかねないので、実際に現場に入ってあるべき姿を実現していくための開発業務も担当しています。

椎葉:僕は2023年に入社し、薬局・薬剤師さんと患者さんを結ぶコミュニケーション領域の新規プロダクト開発を担当しながら、「Musubi」の開発もサポートしていました。2025年3月にVPoTの打診を受け、現在は湯前さんや木村さんと会社全体の技術推進を担当しています。
よりクリアに見えてきた技術課題と組織課題
—木村さんは、アーキテクトとしてどのような課題に取り組んでいるのでしょうか?
木村:場あたり的なプロダクト開発に陥ることのないよう、事業のストーリーをなるべく抽象化して捉え、アーキテクチャとして課題解決する方向性を示し、サイロ化が進まないように整合性を取っています。
湯前:一方で、実際にプロダクト開発の現場に入って、組織やプロダクトのさまざまな課題を把握することにも積極的に取り組んでいますよね。
木村:そうですね。俯瞰的な視点から立てた仮説を、現場での検証を通じて更新しています。 プロダクトへの深い理解がなければ表面的な解決策に終わってしまうため、現場感を特に重視しています。
こうした取り組みから、例えばプロダクト間のデータ連携は、個々のプロダクト単位ではなく横断的に設計する方が合理的であると実感しました。この知見を現在、他の現場にも展開しようとしています。
また、データ基盤選定の意思決定にも携っています。国内では、データエンジニアリング組織がプロダクトごとのデータや外部データをデータウェアハウス(DWH)に集約する事例が依然として多いかと思います。しかし、当時カケハシにはすでに複数のプロダクトがありながら、データチームの規模が小さく、このやり方ではボトルネックになることが明らかでした。そこで、私たちはデータメッシュの考え方を採用し、各ドメイン単位でデータ分析が可能な組織体制とアーキテクチャを構築してきました。
椎葉:プラットフォームのAPIアーキテクチャの設計などもしていますよね。
木村:そうですね。実は、その取り組みも新規サービスを立ち上げている開発現場で明らかになった課題を解決することが出発点でした。
設計・開発を進めるうちに、もう少し汎用的な仕組みにした方が効果的だと気づき、それを実行しました。そうした活動を経て、組織横断的な課題に取り組む機会が徐々に増えていきました。

—椎葉さんはVPoTになってどのような課題に取り組んでいますか?
椎葉:僕が旗振り役となって注力しているものの一つが、生成AIの活用です。開発業務に限らず会社全体で生成AIを積極的に活用していきたいと考えており、社内の声を集めながら推進しています。この取り組みを進めるにあたって不可欠なのが、リスクマネジメントです。生成AIを積極的に活用していきたいという強い気持ちはありますが、僕たちは医療に関わる情報を扱う企業として、その利用には細心の注意を払っています。常にリスクマネジメントチームと密に連携し、安全性と技術活用のバランスを慎重に見極めながら環境整備を進めています。
また、メンバーと一緒に開発実務も行っており、現場の声を湯前さんや木村さんに届けて、技術戦略の立案につなげていくことを目指しています。
—湯前さん自身は、木村さん、椎葉さんの活躍ぶりをどのように振り返りますか?
湯前:この体制には非常に手応えを感じています。オンライン、オフライン問わず何度となく議論する機会を経て、私の目にうつる会社の方向性と、現場から見える景色に良くも悪くも乖離があることが改めてわかりました。
3人がそれぞれの強みを活かして、乖離を埋める方法を議論できるようになったのは大きな成果です。
テックカンパニーとしてのカケハシ
—テックカンパニーとしてカケハシは何を意識しているんでしょうか
湯前:私たちがテックカンパニーとして最も意識して、開発組織としてミッションに掲げているのは『技術を通じて、医療体験を日々進化させる』というものです。私たちは、革新が突然現れるものではなく、日々の地道な積み重ねから生まれることを深く理解しています。だからこそ、私たちの開発組織では、『小さくても良いから、毎日何らかのプロダクトでデプロイが走る』ことを重視しています。
今日デプロイされた小さな改善が、明日の医療従事者の負担をわずかに減らし、患者さんの不安を少し和らげるかもしれません。その小さな一歩一歩が積み重なることで、いつの間にか医療体験そのものが大きく変革されている——私たちはそんな世界を実現していきたいです。このあたりは私がCTOに就任したときのブログでも書きました。
さらに技術コミュニティへの貢献ですね。こちらも以前ブログにも書きましたが、我々は基本的にオープンソースを使って、さまざまなコミュニティの知見を活用して、サービスを成り立たせています。
だからこそ、新しい知見や得られたノウハウをコミュニティに還元していくことが必要です。カンファレンスのスポンサーとして重要なのは、自分の会社をよく見せること以上に盛り上げる役割を担うことだと思っていて、カケハシができることのひとつだと捉えています。椎葉さんはいかがですか?

椎葉:技術的な特徴の1つは、サーバレス中心で構築しているところですね。任せられる部分はAWSにまかせて、アプリケーション開発により集中できる環境になっています。
もう1つは、アプリケーションエンジニアがインフラからフロントエンドまで幅広く見られるところです。開発者にとって学びの多い環境で、結果的にいいプロダクトをつくりやすくなっていると感じています。こうした現状の良さは大切にしながら、今後については未来像から逆算して考えていきたいですね。
湯前:今までの技術環境に固執せず、フラットに議論できるのは良いことですね。
インフラに専門性のあるエンジニアの存在感も増しています。彼らなら低コストでレスポンスも速く、シンプルな設計ができるかもしれない。組織のケイパビリティが高まっているなかで、今この時点で最良な選択は何か、根本的に見直すことができるようになっていると思います。
椎葉:カケハシのエンジニアは、この1〜2年でものすごく貴重な経験ができると思います。 AIを活用した開発や業務改善への取り組み、バーティカル SaaSのマルチプロダクト展開における効率的なサービス連携など、今後のキャリアにもつながるチャレンジングなテーマです。さらに、その一つひとつが医療という社会課題の解決に貢献するものなので、大きなやりがいになります。

木村:カケハシは、ドキュメント管理に力を入れている会社ですよね。私が所属する開発チームにおいてもArchitecture Decision Record (ADR) を必ず残すよう徹底しています。
意思決定の背景を書くのは手間も時間もかかりますけれど、エンジニアだけでなくPdMふくめ、意思決定の背景がわかること自体が資産になるという考えのもと取り組んでいます。
ドキュメント管理をおろそかにせず、しっかり運用できていることは非常にいい文化だし、技術投資のひとつだと実感します。
湯前:ドキュメンテーションは、私も新卒時代から強く指導されてきました。「何をしたかはコードを読めばわかるから、なぜそうしたのかを残せ」「なぜこの方針をとらなかったのか、表に出ない裏のことを書くのがドキュメントだ」と。
ドキュメントに力を入れていることは、今後のAI活用にも必ず活きてきます。
椎葉:コードに書いてあることは、AIがドキュメント化できますからね。「なぜ」の部分を記録として残して、AIに読み込ませるとコードとその背景にある意図が統合されたナレッジベースになっていくはずです。
湯前:特にカケハシのシステムは背景にドメイン特性が強くあり、実際に現場のオペレーションに沿った流れを汲んでいるのでほとんどの情報が簡単にインターネット経由で得られる情報ではありません。
私たちが薬局・薬剤師に関するドメイン知識をドキュメント化して、明文化していくことそのものがカケハシという会社の資産になって、より良いプロダクトを、よりスピーディに開発できるようになるでしょうね。
SaaSの最前線、AIの社会的活用…解くべき問いこそがカケハシの武器

—今後に向けた議論として議題にあがっているものはどんなものがありますか?
湯前:我々のミッションは薬局・薬剤師業務のデジタイゼーションではなく、薬剤師さんの患者介入をフォローすることも含めて、患者さん一人ひとりの治療効果を最大化することのできる、薬局を起点とした新たな医療プラットフォームの構築です。
「SaaS is Dead」という言葉を耳にすることも増えてきましたが、業務システムへの期待は効率化目的のUIから、AIを背景としたシステム間の複合的な連携によるUXへと変化していくでしょう。その流れを「Musubi」がリードしていけるか、世の中の流れや見通しに即したものづくりが必要になっていきます。
椎葉:そうですね。バーティカルに立ち上がった各プロダクトを、安定性・安全性を担保しながらより効率よく開発できるよう、このタイミングでの横断的なサービス連携基盤の必要性は、技術戦略室でよくあがる話題です。
一方で、「じゃあ横の連携に注力しましょう」となると、プロダクト単位の開発スピードは落ちます。「どのようにバランスを取るのか?」「段階的に進化させていくためのアーキテクチャとは?」「今までステートソーシングだったシステムをイベントソーシングにして価値を見出すには?」といった議論も多いです。
また、僕がよく考えているのは現場の熱狂をつくり出したいということです。エンジニアたちがもっと盛り上がっていけるような空気を醸成していきたい。常に患者さんや薬局・薬剤師さんのことを考え続けているエンジニアばかりなので、彼らの熱量を熱狂に変えて、同じ方向に進めるようにサポートしていきたいと考えています。
木村:私は今後、サービス全体のカスタマージャーニーを整えていく過程でユーザーとのインタラクションを通じたデータ収集とサービス価値向上のサイクル、その上に成り立つシステム間連携のあり方について、深く議論していきたいですね。そして、そのビジョンをエンジニア全員が共通認識として持ち、一丸となって取り組むことが重要だと考えます。
具体的には、薬局・薬剤師さんにとって患者さんとの接点となる「Musubi」と「Pocket Musubi」の体験を、多角的なデータをもとにより良くしていくことです。データ活用によるソリューション提供の知見を、他のプロダクトに横展開することがコンパウンドスタートアップとしての成功の鍵となると確信しています。
個人情報保護の観点などからデータ管理のハードルは非常に高くなりますが、難易度の高さこそがエンジニアリングの面白さです。
湯前:同意ですね。実は、“守り”こそ“攻め”なんですよね。ドメイン特有の難しさは確かにありますが、だからこそ参入障壁にもなる。守りを固めることこそが、私たちのビジネスを成り立たせるうえで大きな武器になっています。
データの取り扱いポリシーを徹底的に整備することが「カケハシがやっていることなら、ちゃんと考えられている」という信頼に繋がります。その先にできることはたくさんある。めちゃくちゃ大変ですけどね(笑)
木村:SREやDREといったプラットフォームチームは存在しますが、今後はプロダクトチームにイネーブリングする取り組みが重要だと考えます。たとえば、Embedded SREのような体制をイメージしています。ドメイン単位で、サービスとしての信頼性やデータとしての信頼性を担保できるような状態ができれば、最終的に全体的なガイドラインにもつながっていくはずです。
単純なバックエンド開発よりもチャレンジ要素が強いので、エンジニアとしても腕の見せ所になっていくのではないでしょうか。
湯前:カケハシのシステムが止まることは、薬局の業務が止まること。患者さんの生命に関わる可能性もあります。そういう意味でも信頼性を確保していくことは重要です。重要な社会インフラを担っていることを実感します。
一点突破のスペシャリストが活躍できる技術組織を目指して

—もし知り合いのエンジニアにカケハシをおすすめするとしたら、どんなタイプが向いていると思いますか?
椎葉:僕はエンジニアなので技術に興味があるし、新しいものが出てきたらすぐにさわりたくなるタイプなのですが、カケハシで大事なのは「その技術が患者さんや薬局・薬剤師をはじめとしたユーザー体験にどう繋がるか」なんですよね。だから、「新しい技術だから使いたい」ではなくて、「患者さんのこういう体験につながるから使いたい」という話ができる人と一緒に仕事がしたいですね。もちろん、スキルは高い方がありがたいです(笑)
木村:特定の技術領域にケイパビリティがあって「その問題解決できますよ」という職人気質な方も求められています。
大規模な組織の同じような環境でソフトウェアエンジニアリングをバリバリやってきた方や、データエンジニアリングに精通していてさまざまなデータ連携に詳しい方など、シンプルにとがったケイパビリティがある方もイメージできます。
湯前:私も同じようなことを思っています。
今カケハシで活躍している人をイメージすると、特定の領域を極めていて、それをベースに領域を広げている方の名前が思い浮かびます。そういう自分の領域を広げていくことに意欲のある方に大きな仕事をお願いして、そういう方々とディスカッションを重ねながら医療体験をより良くしていく、スペシャルな開発組織をつくっていきたいです。
—ありがとうございました!
カケハシのエンジニア採用についてはこちらをご参照ください。
カケハシのカルチャー、組織やワークスタイルについてまとめたCompany Deckもぜひ合わせてご覧ください。
<プロフィール>
湯前 慶大
執行役員CTO
株式会社日立製作所にてLinuxカーネルの研究に携わった後、2014年に株式会社アカツキに参画。エンジニアやエンジニアリングマネージャーとして複数のプロダクトを担当し、2017年よりVP of Engineeringとして全社エンジニア組織のマネジメントに従事。2020年に執行役員 職能本部長に就任して以降は、ゲーム事業全体のマネジメント業務に携わる。2023年3月に株式会社カケハシに参画。新規事業領域のVP of Engineeringを務めた後、2024年3月にCTO就任。
木村 彰宏
チーフアーキテクト
2012年、セプテーニ(以降分社化。現、FLINTERS)に新卒入社。ソーシャルゲーム、SNS、広告配信サービスの開発後に、データ基盤事業立ち上げのアーキテクトを担当。 2018年、エフ・コードに入社。同社で2019年から3年間、VP of Engineeringとして開発組織の再編とプロダクトのリニューアルを担当する他、CDP(Customer Data Platform)の開発を主導する。 2021年、カケハシに入社。サービス・データプラットフォームのアーキテクトを担った後に、技術戦略室にて、開発組織全体の技術領域の戦略を推進。
椎葉 光行
VPoT(VP of Technology)
2000年から10年ほどベンチャー企業や派遣を通じてプログラミングスキルを磨き、次の10年では楽天にてウェブアプリケーションエンジニアとして従事。楽天在籍中は複数のサービス立ち上げに関わり、技術リーダーやアシスタントマネージャーとして組織づくりにも携わった。その後、2022年にはCircleCIにシニアフルスタックエンジニアとして参画し、ClojureやReactといった技術を新たに習得。2023年からはカケハシに移り、アジャイル開発を実践しながら「喜ばれるものづくり」と「子どもに誇れる仕事」を追求している。